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ターミナルケアの話

柄沢 明久

 


今回はいささか重い話題です。
今年の3月に母が亡くなりました。あと10日で87歳という歳でもあり、直接の 死因は肺炎ですが、実質的には老衰で苦しみもなく他界しました。悲しみはあ りましたが、冷静に受け止めることができました。
そして私はターミナルケア(注)についていろいろ考えさせられました。

母は亡くなる2年ほど前から急に体が衰えはじめました。また同時に老人性痴 呆の兆候も見られ始めました。母はもともと体が丈夫なほうではなく、自分で も80歳を超えることが出来るとは思ってなかった、とよく申しておりました。 しかしさすがに80も半ばを超えると心身ともに加速度的に不自由になっていっ たのです。
同居している姉が勤務先を退職して世話に専念しはじめました。
 母は寝たり起きたりの状態になりましたが、家の中ではなんとか歩けます。 外出は車椅子になります。食事と排泄はなんとか自力で出来ますが、前後の世 話はしなければなりません。食欲はあるほうでしたが、非常にゆっくりであ り、食事途中で寝てしまうこともあります。すると食物をこぼしてしまうの で、ずっとそばにいなければなりません。トイレは夜中にも起きだすので、姉 は24時間待機となってしまいました。
 痴呆のほうは始めはいわゆるマダラボケで、時々ボケる感じでしたが、だん だん正常である時間が短くなっていきました。姉のことを自分の娘であると 思っている時と"誰だか知らないけど世話をしてくれる人"と思っている時が混 じっているようでした。私のことも、だんだんに自分の息子であるということ が判らなくなってきました。ボケが進行するにつれて、言動はだんだんに普通 ではなくなってきました。

いや、ここでは介護のデティールをお話することが目的ではありません。いわ ゆるターミナルケアというのは、家族にとって本当に大変なことだということ を言いたいのです。
有吉佐和子さんが「恍惚の人」でこの問題を提起したのは随分昔の話です。今 回この本を読んでみました。家族の事情により様相は異なると思いますが、介 護する人の心身をすり減らすような困難さは同じだなと感じました。

昔のように平均寿命が短く家も大家族の時は、それほど大変ではなかったかも 知れません。しかし、核家族が進行して家族数が減り、平均寿命が伸びている 現代と近未来においては、深刻な問題となります。
老人である子が老人である親を世話する、という状況がすでに進行していま す。老人である子の負担は大変なことになります。介護疲れから老親を殺害し 自分も死ぬという無理心中の報道を耳にすることもありますが、全くやりきれ ない気持ちになります。献身的な介護は美談かも知れませんが、誰がそれを強 要できるでしょうか。ターミナルケアは物理的にも心理的にも本当にきれいご とではありません。

 解決の方向としては、やはり社会保障によりターミナルケアを代行すること でしょう。介護は専門の人に任せて、家族は心理的なケアに専念するというか たちがよいと思います。
 すでにそういった社会システムが、介護保険という形で整いつつあります。 訪問介護もいいですが、きちんとした施設に入れてケアしてもらう方式もいい のではないかと思います。こちらもすでにいろいろな形で整備が進んでいます が、まだまだ不足しています。私の母の場合もいざとなったら、そのような施 設に入れようと兄弟で話し合っていましたが、いい施設は何十人も入所待ちだ ということでした。
 これからは社会資本投資も道路や橋梁などから、そのようなターミナルケア 施設へ切り替えていくべきでしょう。

(注)ターミナルケア
終末期看護あるいは終末期医療と呼ばれています。回復の見込みのない状態に なった人に対して、人間としての尊厳を保ちながら、最期を迎えさせようとす る看護のことです。