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「やってみせ」

羽利 泉



私は消費生活アドバイザーになってから、企業のコンタクトセンターの運営をお手伝いする現在の会社で働いています。この会社に入社したその当日、後の私の仕事の原動力ともなる「伝説の体験」をしました。

この日、私は、入社の手続きと仕事を始めるにあたっての導入研修を受講するために臨海副都心の「テレコムセンター駅」に向かっていました。新橋からのゆりかもめに乗り、集合時間に少し余裕を持ってでかけたつもりでいましたが、会場に着くと、何とガラス張りの部屋の中ではすでに手続きが始まっている模様。「ヤバイ、時間、間違えたかも・・・。」

予感的中!自分の犯した初歩的なミスに愕然としつつ、今、部屋の前にいることを、恐る恐る電話で伝えてみました。幸いにも、私は、部屋に通され、途中から他の受講者の皆さんと同じように手続きと研修を受けることができました。

研修が終わり、帰り際に担当のインストラクターの方に、この日の粗相のお詫びをしようと言葉を交わした時にその出来事は起きました。

私:「今日は、遅れてしまってスミマセンでした・・・」
イ:「いえ、とんでもないです。」
私:「おかげで出直さずには済み、助かりました。でも、うっかりしていて、ホントにスミマセンでした・・・」
イ:「それより、遠いところ来ていただいてありがとうございました。」
私:「(ありがとうだなんて・・・)いえ、いえ、ホントにスミマセンでした・・・」
イ:「きっと、こちらが誤って伝えてしまったんですね、伝え方も悪かったんです。スミマセンでした。」
私:「いえ、私の勘違いですから・・・・でも今日は本当にありがとうございました。」
イ;「こちらこそありがとうございました。これからもお仕事よろしくお願いいたします。気をつけてお帰りくださいね・・・」

今となっては、文字におこせば当たり前のような会話ですが、この時、私は、インストラクターの方にとにかく「お詫び」をしたかったのです。しかし、上記のやり取りで私は何度も「スミマセン」と謝辞を口にしたものの全て肩透かしを食らった感が残りました。むしろ「これからは気をつけてくださいね」なんてひと言があった方がシチュエーションとしてはふさわしかったかもしれません。にもかかわらず、感謝までされて、ただ謝りたかったという私のこの気持ちのやり場は???は、と欲求不満気味でその場を後にしました。

しかし、帰り道、ゆりかもめに揺られ、あのインストラクターの方の一貫した態度は、最後まで「遅刻してやってきたけど、あなたは正しかった」というメッセージを放ち、結局、私は遅刻はしたものの、彼女は私を信じてくれたのだと理解し、欲求不満を解消することにしました。完全に私の初歩的なミスでしたが、「あなたも意図的に間違えた訳ではないでしょう?」そんな言葉が温かいまなざしと共に聞こえてくるようでした。

あれから3年。私も、業務の一環としてコンタクトセンターで働くコミュニケーターの採用から導入研修を担当しています。導入研修では、採用されたコミュニケーターの皆さんに当社は何を大切に考えている企業なのかということをご理解いただきますが、受講者と過ごす限られた時間の中で、彼らがお客様との間で実践して欲しい事柄は、彼らとの接点で私も実践する必要があると考えています。山本五十六の「やってみせ、いってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という言葉の中で、自分は言って聞かせる術や誉める術ばかりが先行していて、サービスに関わるものとして「やって見せる」ことがなおざりになっていないかと。

入社した日の経験は私の中では「伝説」です。今度はインストラクターの立場で同じような経験をすることが多くあります。私があの時感じた「私はあなたを信じる」というメッセージですが、電話応対においては、お客様に対し先入観を持つことなく、相手の声をありのままに「聴く」ためには不可欠なマインドであると思います。

このことを自らやって見せ、このことが大切だと、私に教えてくださったあのインストラクターの方に今も感謝しています。