フィットネスクラブにて
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羽利 泉

私は、全国各地でスイミングスクールやフィットネスクラブを展開する企業に新卒で入社しました。既に退職をしましたが、当時の私の仕事は、エアロビクスダンスの指導とスタジオプログラムに関する管理業務でした。
私は入社まで本格的にエアロビクスを経験したことがなく、指導に必要な体力や基礎的な知識は持ち合わせてはいたものの、体が硬く、ダンスと名のつくものは全て苦手、音楽のセンスはイマイチ、と前途多難のスタートでした。
そんな私をインストラクターへと養成してくださったのは、指導歴の長い看護婦の資格を持つフリーのインストラクターの方でした。今でも私の教訓となっているのは、彼女の「お客さんは見てあげてなんぼやで」という何とも飾り気のない関西弁の一言でした。
スタジオへお迎えするお客様の、体力レベルや習熟度はまちまちです。安全という点に着目すれば、怪我をしやすい動きを繰り返していないか、汗をかきすぎていないか、あごが上がっていないか、眼に力があるか、床が汗で濡れていないか、レッスン途中で水分を補給しているか、など数え上げればきりがありません。スタジオは一般的に鏡張りになっていることが多く、お客様に背を向けたまま鏡越しにアイコンタクトをとることはできますが、しっかりお客様に対面して取るアイコンタクトは気持ちの伝わり方も違うものです。今はコールセンターに勤務しているので、完全なverbal Communicationですが、インストラクターをしていた当時は大音量の洋楽が流れるスタジオの中でNon-verbal Communicationが心を通わせる主な手段という大きな違いがあります。
またインストラクターは人気を競う厳しい仕事です。レッスンへの参加人数は評価に直結しますし、今日レッスンに来てくださったお客様が、再び来てくださる確証はありません。初めてレッスンに参加したお客様は、体力面でコンプレックスを感じることが多いので、特にケアが必要です。クラブにとってもお客様にとっても大事なことは「長く続ける」ということ、そしてお客様一人ひとりの体力や事情に合わせた楽しみ方をコーディネートする必要があるのです。こうして自分のファンとクラブの固定客を作る、紛れもない接客業なのです。
近年、大手フィットネスクラブの営業時間は深夜にまで及び、新しく出店した店舗の付帯施設は立派で快適です。しかし、私たち消費者には利用しやすく快適になる一方で従業員の勤務体制や施設のメンテナンスやアメニティ維持への負荷も重くなっているように思います。私の利用するクラブのマシンジムスタッフは、安全上必要最低限のトレーニングマシンの使用方法の説明や監視など、最小人数で合理的に立ち振る舞うことを求められているのか、営業努力は感じられるのですが、笑顔で気軽に話がしにくい感じがします。
しかし、以前に比べ、基本の月会費で選べるプログラムも増え、追加で料金を支払えば個別の指導を受けることができます。入会の目的に合わせて選べるサービスは格段に増えたと思います。また私が利用するクラブでは館内に会員から寄せられた声と支配人から回答が掲示されていて、同じ会員として皆どんなことを感じ、それに対してクラブ側がどう考えているのかがわかるようにもなっています。
フィットネス業界は成熟期に入って、企業も消費者もよりよいサービスを模索しながらずいぶん長く時間が経過しました。私が勤務していた頃のように、フィットネスクラブはコミュニケーションを楽しむ場所ではなくなったかもしれませんが、クラブ主導でさまざまなフィットネスの効果・楽しさを提案するプログラムやシステムは進化し、トレンドを発信し続けています。
健康の維持増進に関しては、いろんな情報が飛び交っている昨今ですが、健康食品を利用するも良し、ウォーキングやストレッチングなどのセルフフィットネスを続けるも良し。フィットネスクラブの利用もひとつの選択肢として、消費者が自ら情報を集めて、自分の目的に合わせて「長く」フィットネスライフを楽しめるようになると良いと思います。
そんなことを考え、部屋の片隅でネット通販で購入したステップマシーンを使って、汗を流す日の方が多くなってきたのが、少し気がかりな最近の私です。
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