田中慶篤

私は埼玉県比企郡滑川町にある国営武蔵丘陵森林公園で、4年前から雑木林ボラン ティアを続けています。埼玉県の広報誌で募集していることを知ったことがきっかけ で、早速葉書で応募しました。しかし、本当のきっかけはもっと昔に遡ったところに あります。私は、武蔵野という地名や、雑木林、里山という言葉が好きで一種の憧れ や懐かしさを感じるものがありました。
それは、中学生時代に読んだ文学者である国木田独歩の「武蔵野」という作品の内容 を断片的に覚えていたことにあります。最近、その作品を再び読み返して見ました。
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「昔の武蔵野は萱原の果てなき光景を以て絶類の美を鳴らして居たように言い伝えて あるが、今の武蔵野は林である。林は実に今の武蔵野の特色といっても宜よい。則ち 木は重に楢の類で冬は悉く落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父 嶺以東十数里の野一斉に行われて、春夏秋冬を通じ霞に雨につきに風に時雨に雪に、 緑陰の紅葉に、様々の光景を呈するその妙は一寸西国地方又た東北の者には解し兼ね るのである。元来日本人はこれまで楢の類の落葉林の美を余り知らなかった様であ る。林といえば重に松林のみが日本の文学美術の上に認められて居て、歌にも楢林の 奥で時雨を聞くという様なことは見当たらない。自分も西国人となって少年の時学生 として初めて東京に上がってから十年になるが、かかる落葉林の美を解するに至たの は近来のことで、それも左の文章が大いに自分を教えたのである。」
国木田独歩作「武蔵野」新潮文庫より
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この中で、武蔵野の雑木林について「西国地方又た東北の者には解し兼ねるのであ る。」と独歩も云っているように、私の故郷の九州地方長崎や20年以上住んでいた 三重県では見ることのできない景色なのです。
話を雑木林ボランティアに戻すと、このボランティアを構成する人々は実に多彩 で、私と同じような現役のサラリーマンや定年を迎えたサラリーマン、農業、林業、 学生、専業主婦、学校の先生等でまさしくこれが本当の異業種交流ではないかと思い ます。
このボランティアを取仕切るのは、国営武蔵丘陵森林公園の職員たちです。最初の 一年は森林公園の職員と私たちボランティア側は、ボランティアの運営のあり方をめ ぐって必ずしもしっくり行かなかったというより、対立関係の側面もありました。森 林公園側も公園管理の一部ボランティア化は初めての試みで、試行錯誤の状態だった と思われました。
例えば、ボランティアの始まりと終わりにミーティングがあるのですが、現場の第 一線に立っているゴム長靴をはいた女性係長が、ボランティア側からの質問に受け答 えしている中で、時には答えに窮して立ち往生していることもありました。しかし、 同席している管理職の課長クラスの男性は助け舟を出そうともせず、黙ってその横に 立っているだけというシーンは今でも目に浮かんできます。
対立の最たるものは、職員の非効率的な仕事の段取り、例えば仕事に必要な道具を 必要なだけ揃えていないことが何度も頻発して、ボランティア側特に民間の現役サラ リーマンや定年退職者をはじめとして、悪い言葉で言うと“役人の非効率”を強くな じり、職員側もボランティア側のアドバイスを聞き入れようとはしなかったのでし た。
しかし、2年目から直接私たちボランティア・メンバーを取仕切る職員が虎ノ門の本 部から派遣されて来てから、ボランティア側と職員側の対立関係が徐々に変化してき ました。彼は作業中も、昼の食事中も私たちに常に対話を求めて、ボランティア運営 に関して意見交換をするようになりました。また私たちボランティアのメンバーの名 前を一人ひとり覚えて、固有名詞で呼び合うことが日常的になりました。彼が来てか ら大きく変わったのは、従来は森林公園の職員の一方通行的な企画と指示で雑木林ボ ランティアが運営されていたのですが、百人前後いるボランティアを運営委員として 10名前後のグループに分けて、毎回一つのグループが交代で朝の打合せから、必要 な道具の準備、最後のアンケートなどの締めくくりまで、その日のボランティア全般 を森林公園の職員と共同で運営する仕組みを作ったことです。彼は2年後に再び虎ノ 門の本部に戻って行ってしまったが、今でも彼の敷いたレールは生かされ進化してい ることが感じられます。
ボランティア側の面々も最初は職員たちの段取りの悪さに業を煮やしていましたが、 最近では必ずしも民間企業の“効率一辺倒”が最上のものとは思わなくなって、彼ら 職員を理解し積極的にフォローする姿勢が見られるようになりました。
さらには、森林公園の入場者であるお客様との関係も4年前と比べると、微妙に変化 してきたような気がします。最初のころは、私たちが真夏の灼熱の下で汗をかき、蚊 に刺され、時には蜂に刺されながら作業をしているそばを、家族ずれで楽しそうに歩 いている姿をみて、必ずしも好感を抱いていなかったようです。ある時は、トイレの 通路付近で道具を並べて作業をしていて、お客様に罵られる場面もあったりしたこと もありましたが、最近は、森林公園の職員がお客様に対して必ず「こんにちは!」と 声をかけ、トラックですれ違う時はスピードを落として、「どうもすみません!」と 声をかけるようになり、私たちボランティア・メンバーも同じく言葉をかけたり、道 案内をすることも誰彼とはなしに自然発生的にするようになりました。
私にとっての雑木林ボランティアにおける収穫は、このような自然の中での多彩な人 と人の交流のほかに、いろいろな種類の山野草の名前を覚えたことです。その中で特 に、厳しい冬が過ぎた早春の山野草である、福寿草、雪割草、座禅草、カタクリなど 残雪のそばで健気に咲いている姿には感動せずにはおれません。
自然と人の交流を体験することの魅力に惹かれて、一ヶ月に1度ではあるが車で片道 45分から1時間の距離を、4年間もこの雑木林ボランティアを続けられているわけ です。私はこのような雑木林ボランティアの自然を含めた人間同士の交流が好きで、 体が健康なうちはこれからも続けようと思っています。
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■雑木林ボランティアの内容は下記の通りです。
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目的:国営武蔵丘陵森林公園ボランティア活動は、山野草または雑木林に関 する体験を通じて、自然をプロセス的に学び、山野草または雑木林の適切な管理育成 を行う。また、将来的にはその知識や技術の継承とボランティアのリーダーの育成を 目的とするものである。
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活動内容:
1)山野草管理育成
2)雑木林管理育成
3)作業を通じて発生した産物(間伐材・食材)を利用した生活体験ボランティア参 加者同士の指導及び助言
4)講習会や自然教室への参加
5)習得した知識や技術の啓蒙、インストラクター
◆具体的なプログラム
1)雑木林管理育成作業 ・下草刈り・・・9月〜12月 ・間伐・・・10月〜2月 ・落葉掃き・・・12月〜2月 ・萌芽欠き・・・7月〜9月 ・蔓取り・・・11月〜2月 ・道具の手入れ・・・随時 ・竹林の伐採・・・11月
2)発生材を利用した体験 ・炭焼き体験・・・1月〜2月 ・シイタケ栽培とホダの管理・・・3月と6月 ・薪や竹を使ってピザや竹細工・・・冬場
3)講習会や自然教室参加 ・雑木林の仕組みについて・・・8月
http://www.ktr.mlit.go.jp/sinrin/ ←武蔵丘陵森林公園のホームページ
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