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救済システムの責任と権限の中で

手嶋 伸夫





私の住む東横沿線では、東横線の元町・中華街への地下鉄化延長による人気が高まっている。デフレスパイラルと不況、倒産の増加、強盗殺人の多発、自衛隊の海外派兵など昭和初期を思わせる暗い世情の中で、この東横線延長によるファッションの元町や食とお祭りの中華街、またはMM21や赤レンガ街の楽しさ溢れるレポートをしようと思った。

  しかし、先般明らかになった大阪府の中学3年生の「児童虐待」いやリンチ事件は、そんなお祭り気分をぶっ飛ばし、実に多くのことを考えさせられた。この話題は、消費生活アドバイザーのコラム欄にはちょっと重い内容であることは知っているが、世の中の「生活環境の変化」と無関係ではないので、よろしければ敢えて話題にしてみたい。

  「児童虐待=リンチ」が異常なのは、その犯行が、被害者の最も近い者により行われ、しかも廻りの者も知っているにもかかわらず、長期に渡り犯行が行われることであろう。言い換えれば、目の前で「強盗殺人」や「ひき逃げ事件」が起きているにもかかわらず、誰も手が出せないことである。こんな馬鹿なことがあるだろうか。それは当然、誰かが見かねて勝手に他人の家に行って親から子供を救い出そうとすれば、 家宅侵入罪や誘拐罪で訴えられかねないから、仕方が無い。

  だから、そうした法律の不備を補うために児童相談所に立ち入り調査の権限が与えられたのである。ところが、ご承知の通り、権限は欲しいけど、責任は取らない人たちは、何もしないことを決め込んでいる。今回の中学3年生のリンチ事件でも、「立ち入れ調査をして親と子供の信頼関係を壊すと、子供を返す時に障害がある」と寝言みたいな弁解したと新聞には書いてある。
将来子供を、親に戻す時のことを云々するより、虐待=リンチにあっている子供を早急に救うほうが先ではないのか、と普通の人は考えるのであるが。これは「おぼれている人に対して、万一ロープが顔にでも当って怪我をすると大変だから・・・」または「火事場で、はしご車は届くけれど万一はしごから落ちて怪我をすると困るから・ ・・」と言っているようなものだ。
 「親が虐待していないと言い張るので・・・」というのも、不思議な論理ではないだろうか。それなら「捕まえた強盗が、やって無いと言えば、証拠も調べない」のと同 じである。

  実は、昨年度にこの事件がおきている大阪を含めて20都道府県と4指定都市で、1回も立入調査をしていないと言うから、「職務責任」を果たす気なんて持ち合わせていないのである。全国の児童相談所が受ける虐待相談は2万3738件で、大阪はそのうちの10%(2509件)もあり、虐待事件が日本一多いのだそうである。
  近代の民主的国家は、「責任と権限」が対応していて始めて機能するのである。そうであれば、「権限を持って、責任を果たさない者」は、捕まえて責任を追及したほうがいいのである。

  しかし、それを追求すべき警察すら「桶川女子大生ストーカー殺人事件」の不作為を未だに反省していないし、「新潟女性長期監禁事件」の時に雪見酒していた幹部は 出世の一途だというから、警察に期待するほうが無理なのであろう。だとすれば、今現在虐待=リンチに苦しんでいる子供は救いようが無い。昨年は、年間42人の子供が殺されたと言う。1週間に一人に近いというからすごい数である。しかし、子供を救うシステムが今回で改善さるわけではないから、平成16年はもっと多くなるので はないだろうか。いやな話である。
  競争社会がことさら変に強調され、「貧富の差」が大きくなり、「地域社会が崩壊」してゆく中で、力の無い子供にそのシワ寄せが行き、職務権限を果たさない者が共犯となってこの種の事件はさらに多くなっている。

  そう腹を立てていたら、エイズ問題の「元帝京大学・副学長の阿部被告」が、「高齢による責任判断ができない」と言うことで、罪に問われないであろう、という ニュースが飛び込んできた。これは、ある種予想されたことである。日本の長期化する裁判システムの意図は、ある種の人たちの「罪と罰」を不問にできることである。
  実は、企業側の人たちが「消費者が裁判で訴えてくれれば幸いだ。長期化させれば、こちらの勝ちだから」と言っていたのを聞いたことがある。それはまったく正しいのであって、実態がそれを示している。PL法もここでは単なる社会的アクセサリーになっているのではないか。
  さて、裁判以前に、消費者問題のために設置された「○○苦情処理委員会」なんていうのは大丈夫だろうか。充分消費者に向けて機能しているのだろうか。