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新横浜ラーメン博物館のCSについて
川井 信友



私の職場は新横浜駅ですが、すぐそば(とんこつスープの匂いがする距離)に、 新横浜ラーメン博物館があります。ラーメン博物館は全国から選りすぐりのラーメン店が9店、 昭和33年の町並み、駄菓子屋、ラーメン博物館、おみあげ売場等からなっています。
一番近いラーメン屋なので、週に2回は行っています(年間パスポートがあるので、入場無料)。 お客はラーメン好きの若者(ラーメン店のはしごをし、ラーメンの写真を取っている)、 修学旅行生や中国人等が多いです。(地震の影響で、中国人等の外国人は見かけなくなり、 空いています。)
現在は全国各地にラーメン博物館やフードテーマパークがありますが、 新横浜ラーメン博物館は1番最初で1994年3月にオープンしました。
館長は岩岡洋志さんです。
岩岡さんは、自分の生まれた新横浜の街おこしの為、B級グルメ(1000円以下)のラーメンに着目し、 ラーメン博物館を作られ、「飛行機に乗らずに全国の銘店の味が味わえる」とのコンセプトのもと、 常に新しい店を入替え、活性化しています。(ご参考のメッセージを参照願います。)
皆様はラーメンは醤油、塩、とんこつどの味が好きですか?札幌、喜多方、高山、尾道、博多、 久留米等へ行ったら地元のラーメンを食べていますか?また、つけ麺や冷麺も好きですか?
身近なラーメンを食べながら、ラーメンのCSを研究するのも楽しいと思います。

ご参考:15周年(2009年3月6日)の岩岡さんのメッセージの抜粋
おかげ様で今年、15周年(2009年3月6日)を迎えることが出来ました。
この15年間いろいろありましたが、皆様に支えられて今もラーメン博物館があるのだと思っております。 また、微力ながらラーメン博物館のオープンによって日本のラーメン文化を世界に広める事が 出来たと思っております。これからも皆様に驚き、感動、楽しさ、満足を提供できるよう、 日々努力していきたいと思います。

1.「何故ラーメン博物館を作ったの?」
私は流行によって左右される一過性の食べ物ではなく日本人が誰でも受け入れる普遍的な食べ物が 良いと思い、いろいろ考えた中で「ラーメン」というキーワードが浮かび上がったのです。
当時ラーメンというと今のように各地域にご当地ラーメンがあるということすら知られていませんで、 どさん子の影響で札幌の味噌ラーメンぐらいしか定着していませんでした。
食に詳しい人で九州のラーメンや喜多方のラーメンが知られていた程度でした。
そして私はそれ以外の地域にどのようなラーメンがあるのか?という興味を持ち、 全国ラーメン行脚の旅に出かけたのです。 すると各都道府県には全く知らなかった独自のスタイルのラーメンがその地域では 当たり前のように食べられていたのです。
これは一種の郷土料理じゃないか? そしてもし飛行機に乗らないで全国各地の銘店の味を1箇所で食べられたらどんなに素晴らしいか という発想に辿り着いたのです。

2.「何故新横浜に作ったのか?」
自分が生まれ育った新横浜がどんどんコンクリートに囲まれた冷たい街になっていくことに寂しさを 感じたのと同時に、この街にもビジネス以外で話題性があり、 週末になると家族が訪れるような施設があれば新横浜は変わるのではないか? という思いになりました。
私の中の新横浜の原風景は夕焼け雲の空の下、カラスが「カァ?カァ?」鳴いている。 そして遠くからチャルメラの音色がおなか?に響く。そんな“あの頃の”遠い記憶。あたりが薄暗くなり、 街頭が一つ二つ点き始めるまで遊んだ“あの頃”の温かさを空間として表現したかったのです。
もちろん空間として単にこぎれいなレストランモールを作っても楽しくありませんし、 私どもが全国を歩いて捜し求めた銘店のラーメンを美味しく食べてもらえる環境という点でも 空間が重要でした。
イメージしたのはラーメン店の窓際の席に座って、夕焼けの鮮やかな色を眺めながら食べるラーメン。
一歩足を踏み入れれば現実とは隔離された別世界。
実際に人が住んでいるようなリアルな街でした。

3.「何故?昭和33年の街並?」
街づくりのヒントはラーメンのエポックメイキングともいえる「インスタントラーメンの誕生」 にありました。夕焼け=懐かしい風景という漠然とした連想はあったものの、 具体的にそれがいつの時代かは特定できませんでした。
しかし、高度成長時代「戦後第三の主食」とまで言われたインスタントラーメンの誕生の年なら、 ラーメンの美味しい夕焼けの街を設定するにはピッタリではないか? そんな興味を持って昭和33年をひもとくと、この年は社会的にも実に素敵な話題の多い1年でした。 東京タワーの完成や一万円札の発行、皇太子妃の決定、スポーツ界では長嶋茂雄さんのデビュー、 王貞治さんの入団など、庶民生活にとって多分に明るい話題の多い年であり、 出来事をひとつ一つ取り上げてみると、 これも後に影響を与えるようなエポックメイキングなものが多い年でした。

4.「どうやってラーメン店を選んでいるの? 」
日本という国は縦長の島国で、四季や風土・気候によって異なった食文化が存在します。 郷土料理などはその例で、ラーメンも同じように郷土色を持っていると私たちは感じました。
そして私たちはその様々な地域において地元に根付き、その地域で様々な影響を与え、 長い間支持されているお店を中心に皆様にご紹介していきたいと思いました。 美味しい・美味しくないという判断基準では、あくまでも主観的な考えで、 私たちは主観的な基準でお店を選んでおりません。 ただ、地元の人々に支持されているということは裏を返せば、大多数の客観的な意見でもあります。
また、郷土料理としてのラーメンという切り口以外にも、 ラーメン業界で影響を与えたお店や今後の業界を見据えた上で行なう企画店なども実施しています。
これまでお話したお店の選び方をまとめ、 これまでご出店いただいたお店をあてはめる次のような形になります。

・ご当地において礎となり影響を与え、地元から愛され今なお繁盛しているお店。
 →東京「春木屋」、和歌山「井出商店」、旭川「蜂屋」、山形赤湯「龍上海」・・・
・ご当地においてのラーメン文化に影響を与えたお店。
 →札幌「すみれ」、博多「一風堂」、博多「ふくちゃんラーメン」・・・
・ラーメンの歴史・業界において影響を与えた人のお店。
 →支那そばや、げんこつ屋・・・
・確立したスタイルはないが、地元において長い間絶大な支持を受けているお店。
 →岩手久慈「らーめんの千草」、福井敦賀「一力」、福島会津「牛乳屋食堂」・・・
・新横浜ラーメン博物館が今後の業界を見据えて行う企画により選出されたお店・人。
 →新ご当地ラーメン創生計画(通堂、大陸、むらまさ)、
  ラーメン登竜門(あまからや)・・・

これらの基準をもとに、「飛行機に乗らずに全国の銘店の味が味わえる」 という私どものコンセプトに則り、本店及びその周辺しかないお店を紹介しております。

ご参考:新横浜ラーメン博物館
http://www.raumen.co.jp/home/index.html