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江戸の経営品質

柄澤 明久



CSR(企業の社会的責任)については、最近多くの議論がなされています。出版物も多くあり、 またCSRに違反している企業や経営者の実例は毎日のように報道されています。このCSRという3文字英語ですが、 何も新しい概念ではなく、我が国にも江戸時代から商人道という形で存在していました。

ここでは近江商人の「三方よし」を取り上げてみます。この「三方よし」とは「売り手よし、買い手よし、世間よし」のことで、 商売(企業経営)というものは、販売する人と購買する人がともに満足しなければならない、 さらにそれにより社会にとって役にたつものでなければならない、という原則を簡潔に述べたものです。

「三方よし」の原典は、近江(滋賀県)の商人である中村治兵衛宗岸が、一七五四(宝暦四年)に記した、 後継者に宛てた書置の中にあります。それは「他国へ行商にいっても、その国の人全てに役にたつように、 自分の事だけ考えないで、行先の人たちを大切にしなさい」という意味の文章です。 「三方よし」という言葉はここから出ているといわれています。

この「三方よし」は現代風にいうとESとCSとCSRを同時に成立させるような経営を心掛けなさい、ということです。 これは相当に質の高いレベルの経営理念であるといえます。 この「三方よし」を現在の経営品質の立場から評価するとどうでしょうか。

経営品質の4つの基本理念と照らし合わせると、「買い手よし」は「顧客本位」に、「売り手よし」は「社員重視」に、 「世間よし」は「社会との調和」に相当します。 つまり「三方よし」とはそのまま経営品質の基本理念と重なりあわすことができるのです。
このことは経営品質の基本的な考え方は江戸時代にすでに確立していた、ということになります。

このように江戸時代の商人の経営哲学は素晴らしいものがあるといえるでしょう。あるいは、「よい経営」 というものの在り方をとことん追求していくと、同じところに行きつくということかも知れません。

近江商人は全国を行商して歩いたことで知られています。地元や京都、大阪で仕入れた織物、薬、日用品などを地方で売り、 地方では特産品などを仕入れました。このように往復で商売をすることを「のこぎり商売」とよんでいましたが、 大変効率性の高いビジネスのやり方です。

しかし他国を行商するということは、楽なことではありません。重い荷物を運ぶことも大変ですが、 商売が受け入れられることが困難であったと思われます。江戸時代の藩はほぼ完全な自治体であり、独立国に近い存在であり、 他国の者にたいする警戒心が強かったといえます。したがって受け入れてもらえるためには、単にモノの売り買いだけでなく、 地域に役に立つという姿勢が重要だったわけです。

そのような中で商売をしていくうえで、近江商人たちが長い時間をかけて身につけた哲学が 「売り手よし、買い手よし、世間よし」だったということだったのでしょう。

近江商人が如何に地域に貢献していたか、という事例があります。日本経済新聞の連載記事「200年企業」 の平成20年7月23日の記事から引用します。

近江商人の矢尾喜兵衛が江戸時代に秩父で酒造業を創業しましたが、「よその土地で商売をさせていただく」 という他国者意識を強くもっていて地元への貢献を心かけていたそうです。天保の大飢饉のときには3代目喜兵衛は、 生活に困った農民に米を施しています。明治17年に秩父困民党が蜂起する秩父事件が起こりました。 これは高利の借金や増税に苦しんだ農民が武装蜂起して高利貸や役場や警察などを襲撃した事件です。 このとき打ち壊しを免れたのが矢尾家でした。困民党の幹部が矢尾家にやってきて、 「矢尾家は高利貸のような不正を行う家ではないので、安心して商売をされたい」と言ったそうです。
永年にわたる地域への貢献がこのような評価になったと思われます。

現代の世界経済は高度にグローバル化していて、ビジネスは国境を越えています。 このような時に国と国の摩擦なしにビジネスを成功させるには、その国に貢献する「三方よし」 の精神が活きてくるのではないでしょうか。日本発のCSRを世界に広めたいものです。