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レストランの品格

高橋 輝子





私の実家近くに、ちょっとした有名なイタリアンレストランがある。

昨年テレビ放映された『バンビーノ』という連続ドラマがあったのだが、 そこに出てくる主人公のモデルがこの店にいるというのだ。
皆さんの中でもこのドラマ、ご覧になった方がいるかもしれない。
ドラマで繰り広げられている舞台は都会のハイセンスなレストラン。
一方、ここは関東近郊の街はずれにある小さなレストラン。疑う人も多いがどうも本当らしい。そのことが話題になる前から、 この店はとにかく繁盛している。
地元の私でさえ行ったことがない。この地域では珍しく予約さえもなかなか入れられない店なのだ。

ようやく私も初めての訪問を果たすことができた。

この店の特長の一つが、素材にこだわったユニークなメニューである。
地元で採れた野菜や調味料を惜しげもなく料理にあしらう。 通常のトッピングでは想像もできないようなネギや味噌も不思議なくらいパスタやピッツァによくマッチしているのだ。
さすがドラマのモデルにもなっただけある。味は逸品だ。
ドラマと違うのはそれらの料理がとてもリーズナブルに味わえる点かもしれない。

さて、美味しい料理を前にしてワインを頼まないわけにはいかない。
一緒に行った父とグラスワインを注文することにした。
アルバイトらしき若い女性店員がやってきて、私たちの目の前にグラスを2つ置いた。

そして通常よりもかなり大きいワインボトルを重そうに掲げ、ワインを注ぎ始めた。
かなり重かったのだろう。手元がブレてしまったらしく、私の前に置かれたグラスにはなみなみとワインが注がれた。 グラスを持つときっとあふれてしまうだろう・・・くらいの量だ。

次に父のグラスの方を注ぎ始めた。すると、若干ボトルも軽くなったのか、七分目ラインのところでワインが止まった。 その瞬間、父と私の眼が合った。「オレの方が少ない!」と父の眼が訴えているようである。その眼の会話を読みとったのか、 女性店員は父のグラスにもワインをなみなみと注ぎ足した。
思わず私は「どうもすみません」と、女性店員にお礼を述べた。
「ちょっと私も疲れていたみたいで。どうぞゆっくり楽しんでください」と、 女性店員はジョークを交えながらにこやかに笑みを漏らした。
私たち家族も声をあげて笑い、その場がとても幸せな空気に包まれた。

そう。この店のもう一つの特長が『ホスピタリティ』実践店なのだ。
テーブルのメニュー版にはこんな風に書かれている。

〜おもてなしの基本となるのは『ニコニコと明るい笑顔』『ハキハキと快活で』『きびきびと情熱的な動き』です。しかし、 重要なのは根底にある目には見えない『Please & Thank you』=謙虚さと感謝の気持ちがあるかどうかなのです。 謙虚さと感謝の気持ちは『品格』と言い換えることもできます。〜

ホスピタリティはスキル(技術)ではなくコンピテンシー(能力)であるといわれる。 コンピテンシーは机上の学習や訓練によって会得できるものではない。実践の積み重ねの中で、 自ら“気づき”を得ることのみ養われる能力である。

現場のパートやアルバイトにもこのホスピタリティが浸透している点から、この店の『品格』はなかなからしい。

「近いうちにまた来よう!」と心に誓った。