近藤 知子

「水はつかむことはできません。水はすくうものです。」
葬儀の席で、読経を終えた僧侶は静かに口を開き、説話を始めた。
「人の心も同じです。心をつかむことはできません。心はくむものです。相手の心をくんで、
初めてお互いに心を通じることができるのです。」
場が場だけに耳を傾けて聞く心境ではなかったが、その言葉は心に残った。
数ヶ月後、ある銀行で再びこの言葉を思い起こす場面に出会った。
その日、投資信託の相談窓口で順番を待っていた。窓口はかなり混んでいて、一人掛けのソファは順番待ちの人々で埋まっていた。
ふと、横に座っていたご婦人の所に、受付コーナーで来客をご案内する行員が歩み寄って、ていねいに声をかけた。
「お待ち頂いている間に、そちらの通帳をご記帳いたしましょうか?」
まあありがとう、お願いします、と答えるかと思ったら、そのご婦人は意外な反応をした。
いささか憮然として「なぜ貴方に通帳を預けないといけないの?」と答えたのだ。
おや?思わず耳だけが会話の方向に向いてしまった。
どうやらそのご婦人、相談窓口の担当者から連絡を受けて銀行に来たのだが、待ち時間が長そうなので、
その間に別のフロアの振込窓口とATMで用事を済ませることにした。ところが、
別のフロアに行ったら窓口もATMも長い列をなしていて、あきらめてこのフロアに戻ってきたらしい。
「そちらから呼ばれて来たのに・・・ここも上のフロアも混んでいて、用事が済まないわ。」
「それで、お待ち頂いている間に、通帳をお借りしてこちら)の機械でご記帳を、と思ったのですが」
何となく険悪な雰囲気が伝わってくる。
そこへ私の順番がきてしまったので、その後二人の会話がどう進んだのかはわからない。しかし短い間、
すれ違う会話を聞いているうちに、冒頭の僧侶の言葉が浮かび上がってきた。
心をつかもうとしている行員と、心をくんでもらえずに苛立っているご婦人。
そうか、あの言葉、CSにもつながるな、と思った。
行員にしてみれば、記帳をしたいが順番待ちの席を離れられないご婦人の代わりに、
事務所内の機械で記帳して差し上げようという、サービス精神だったのだろう。しかしご婦人にしてみれば、
銀行から呼ばれて出向いたのに、どこも混んでいて用事が進まずに苛立っている時に、
自分の担当でもない人にいかにも親切心で声をかけられて、気に障ったにちがいない。
銀行にとって混雑は見慣れた風景かもしれないが、お客様にとっては、たまに用事で来た場所での順番待ちはストレスの原因。
混雑を前提として話している行員と、混雑に対する不満を抱くご婦人には、会話の最初からズレが生じていた。
せっかくご婦人のお役に立とうと申し出た行員には気の毒だが、彼女には一つのプロセスが欠落していたと思う。
このような場面では、そんなご婦人の心をくんで、混雑の中で待つことの苦痛に共感し、最初に、
長らくお待たせしていることへのお詫びの一言、または会話の途中でもお詫びの一言が必要だったのではないか。
そうすれば、少しはご婦人の苛立ちが治まって、気分よく通帳を差し出したかもしれない。
私たちはとかくビジネスの場面で「成功するためには相手の心をつかむこと」と考えて、方策を練り、実行に移す。
しかしそれが時には勘違い、時には相手に押しつけと映って逆効果を生む。そんな時は、
相手の心をくんでいたかどうかを振り返ってみるとよいだろう。そのような習慣を培っていきたい。
両の手を水につけて水の冷たさを手に感じ、水をすくって手の中に収まってくれた水に感謝する。
こうして初めて水は自分のために役立ってくれるのではないだろうか?
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