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「什の掟」について

柄澤 明久





前回(トピックス297)は会津若松藩の「什(じゅう)の掟」の話をしましたが、 その内容を紹介しておりませんでした。ここに什の掟を紹介しておきます。次のとおりです。

一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

このうち六と七は現代では一笑にふされてしまいそうです。しかしこの掟は江戸時代の武士という支配階級のそれも 10歳以下の年少者に対するルールであることを考えなくてはならないでしょう。

一と二は現代でも必要でしょう。善悪の判断がうまくできない子供は年長者のいうことを聞くことで判断力を身につけていきます。 また挨拶をすることはコミュニケーションの基本です。

三と四と五ですが、このルールは年代、世代、時代、民族を超えて普遍的なルールであるといえます。 私はこの中で五が最も重要であると考えます。なぜならば三と四は、 そのルールを破るとそのカウンターが確実に自分の身に降りかかってくるからであり、 それが抑止力となってルールを守る行動に結びつきやすいからです。しかし五はそうではありません。 弱い者はいじめられても反撃できません。したがって直接的にはカウンターは発生しません。 最近の学校における陰湿なイジメが一向に減らないのはこのような理由からでしょう。

弱いものはいじめてはならない、という基本的なルールは幼児のときから身につける必要があるといえます。

この什の掟は武士として守るべきルールの基礎をなすものです。そのベースとなっているのは儒教の教えです。 儒教は江戸時代の武士の教養の中核をなすもので、中でも論語は武士の必須科目でした。 孔子は論語の中で人におけるさまざまな徳を説いていますが、中でも「仁」を最も重要視しています。 新渡戸稲造は著書「武士道」の中でこの仁を惻隠(そくいん)の情と呼んでいます。 つまり相手の立場になって相手を思いやるということです。ホスピタリティといってもいいと思います。

武士は士農工商の階級社会にあって最上位の階級であり、常に武器を携行しており社会的な強者の立場にありました。 武士以外の者が武士に対して無礼をはたらくと、切り捨てごめんと言ってその場で切り殺しても罪に問われません。 それだけに武士には高い規範が要求されます。その中でも相手に対する思いやりが最も重視されたのだと思います。