高橋 輝子

商店街の入り口に30年も前から変わらない佇まいで店を構えている焼鳥屋。
夕方5時をまわると古びた赤ちょうちんに灯がともる。
店の中を覗くと所狭しと並ぶ20ちかくのイスがすでにほとんど埋まっている。
コの字型になったカウンターテーブルは吉野家を連想させるが趣はだいぶ違う。カウンターの上には何もなく、
客は点けられたテレビの野球中継に見入っている。時折、小さな歓声を漏らしながら、これから始まる「何か」−当然、
焼鳥にありつくことなのだが−をじっと待っているようである。
そこへおかみさんがカウンターの中央に登場した。
皆一斉におかみさんに注目する。そして、そのおかみさんは端の客から「お飲物は」と注文をとり始める。
客は「ビール」とこたえ、その言葉を全て聞かないうちにおかみさんの手足は次の動作に移り、
ビールビンの栓を抜くのとコップを取り出すのがほぼ同時と思われるぐらいの速さで客の前にビールが用意されていく。
次の客から次の客へリズムよくその動作は繰り返され、栓は勢いよく床に落ちてゆく。なるほど、
コップは取りやすい傾きを保って配置されている。なぜか自分の番に近づいてくると小さな興奮を覚え、
そして隣の人と同じビールを注文している。
こうしてコの字を一巡すると次に「ご注文は」とやはり端の客から2週目が始まる。「キュウリ、トン、スナギモ、ネギマ、
キモ、ウズラ、心臓・・・」。「キュウリ、トン、・・・」なぜか皆、「キュウリ」と「トン」を注文しているようだ。
どんなシロモノか見当つかないがとにかく同じものを注文してみる。
おかみさんは注文内容をカウンター内側の木目部分にチョークで印を付けていく。注文内容を取り終えると、
串にささったキュウリの漬け物が注文した人(といってもほぼ全ての人)に配られていく。
ここでおかみさんはメガホン越しに、表の道路に面したところで炭の準備をしているおやじさんに対して初めて注文を言い渡す。
「トン40本」。・・しばらくしてこんがり焼き上がったトン(=豚のホルモン)が注文した人(これもほぼ全ての人)
に配られる。次はどうやら「スナギモ」を焼く番らしい。そして次に「ネギマ」。
ネギマを一通り配り終えると何本かあまったらしく、次の焼き上がりを待っている人に「これいらんかね」と皿に置いていく。
常連さんはこの焼きの順番を熟知しているらしくじっと待っている。私のような新参者はまだかまだかとソワソワしているので、
おかみさんも時より「ちょいと待ってね」と声をかけてくれる。
そろそろお腹も満たされてきた頃、「お勘定!」と席を立つ人が現れた。伝票もレジもない店内、
お会計はどうするものかと心配していたところ、おかみさんは串の数を数えて客に金額を伝えた。
そう、ここの串焼きはすべて100円。飲み物は500円。実に計算しやすい料金システムなのだ。
この店のオペレーションは回転寿司に非常に似ている。目の前を焼鳥が流れてくるわけではないが、
その役割を20席分全部おかみさん一人でこなす。見事なまでにムダを省いた動作で。
当然、客は店の流儀に従い窮屈を強いられる。しかし、その窮屈さを客自らが好み楽しんでさえいるようである。
焼鳥のうまさ、おかみさんの人柄、そして店の流儀(=オペレーション)、全てを好んでこの店に通い続けているようだ。
「こんなCSもあっていいのかもしれない」と感じた夕方の一コマであった。
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